X線干渉光学系の研究


《Bonse-Hart 型X線干渉計》

X 線領域で干渉計を構成するためには、二つの困難に打ち勝つ必要があります。ひとつは、X 線の波長が非常に短いこと、もう一つは、X 線領域における物質の屈折率がほとんど1であるという事です。

X 線の波長は可視光の波長より数千倍小さく、原子レベルあるいはそれ以下に対応します。可視光領域では様々な干渉計が知られていますが、干渉計全体が可視光の波長スケールで安定していれば機能します。X 線領域で同様のことを目論めば、X 線干渉計を原子レベルで安定・保持する必要が発生し、これを実現するには高い壁があります。

X 線領域で物質の屈折率がほとんど1であるという事実は、我々が身近で使っている鏡やレンズなどの素子が X 線領域では極めて限られた条件でしか使えないということを意味します。X 線干渉計を実現しようとする際にも大きな課題となります。

Bonse-Hart 型X線干渉計(図1)は、全体を一個のシリコン単結晶から削り出した形状を持っており、1965 年に報告されて長く唯一の硬X線干渉計として使われてきました。結晶格子によるブラッグ回折を利用してX線が分割・結合され、マッハ-ツェンダー型の光学系が構成されます。

図1: シリコン単結晶でできている Bonse-Hart 型X線干渉計(‘LLL’と呼ばれるタイプ)。結晶格子によるブラッグ回折によってX線(黄色線)が分割・結合されます。 高分解能化のための工夫として、右端の結晶板は厚さわずか 40 ミクロンで製作してあります。
図1: シリコン単結晶でできている Bonse-Hart 型X線干渉計(‘LLL’と呼ばれるタイプ)。結晶格子によるブラッグ回折によってX線(黄色線)が分割・結合されます。 高分解能化のための工夫として、右端の結晶板は厚さわずか 40 ミクロンで製作してあります。

百生教授は、1990 年台にこの干渉計を用いて世界初のX線位相 CT を実現しました[1]。X線の位相を計測することで、従来のX線画像(X線吸収コントラスト)ではコントラストが得にくい軽元素からなる物質(高分子材料や生体軟組織など)に対して、高い感度が得られるからです。図2 に原子一個当たりの吸収と位相シフトの相互作用の大きさを示しましたが、軽元素領域で約千倍の違いがあることがその根拠です。

図2: 原子一個当たりの吸収と位相シフトの相互作用の大きさ。軽元素において、位相シフトの相互作用が吸収(従来法)に比べて約千倍大きく、X 線位相イメージングの高い感度の根拠となっている。
図2: 原子一個当たりの吸収と位相シフトの相互作用の大きさ。軽元素において、位相シフトの相互作用が吸収(従来法)に比べて約千倍大きく、X 線位相イメージングの高い感度の根拠となっている。

シンクロトロン放射光施設(KEK-PF や SPring-8)において、様々な試料の位相 CT 測定を行い、その優れた感度を実証してきました。撮影例を図3に示します。

図3: Bonse-Hart 干渉計による X 線位相 CT で撮影した画像例。
図3: Bonse-Hart 干渉計による X 線位相 CT で撮影した画像例。
  1. [1] A. Momose et al., Nature Medicine 2 (1996) 473-475. DOI:10.1038/nm0496-473 ↩︎


《X 線 Talbot 干渉計》

X線位相イメージング・位相 CT の高い感度は、X線画像の革新を期待させます。ただし、Bonse-Hart型X線干渉計は、現実的な撮影時間を鑑みると、基本的にシンクロトロン放射光を用いて使うデバイスになり、実用的用途(医用画像診断や非破壊検査)が求められる現場で使うことができません。実験室で稼働するX線管を用いたX線位相イメージング技術への発展が求められました。そこで発案したのが、X線Talbot干渉計[2](図4)による位相イメージングです。

図4: X線Talbot干渉計の構成と生成画像。
図4: X線Talbot干渉計の構成と生成画像。

X線Talbot干渉計とは、二枚の透過格子を配置したものであり、第一の格子がTalbot効果によって形成する自己像を第二の格子通してX線モアレ画像を記録・処理します。試料における屈折や散乱の情報がX線モアレ画像の変化から読み取れます。

Talbot効果の発生には空間的干渉性が必要であるため、実験室で使えるX線管といっても、焦点が数$\mu\textrm{m}$と絞り込まれたマイクロフォーカスX線源を必要とします。一般にマイクロフォーカスX線源の出力は限定的であるために撮影時間を要し、実用的方法としてはもう一段の改善が必要です。

これを解決するのが、図5のX線Talbot-Lau干渉計です。一般的なX線源とTalbot干渉計(G1&G2)の間に吸収格子(G0)を設けます。G0の一つのスリットに注目し、これをマイクロフォーカスX線源と同等と考えれば、下流のTalbot干渉計でモアレ画像を生成します。その隣のスリットでも同様ですが、図5下段に示すように、G1の自己像がG2の位置で ちょうど一周期ずれて重なるようにG0の周期が調整してあれば、モアレ画像が強め合って重なり合います。これにより、フォーカスが大きく出力の高いX線源による位相イメージングが可能となり、その実用化に近づきました。

図5: X線 Talbot-Lau 干渉計の構成と G0 の働き(下段)

なお、X線Talbot干渉計やX線Talbot-Lau干渉計を使うために単色のX線を使う必要はありません。X線管からは連続X線スペクトルが含まれていますが、そのままで干渉計に使えます。下で述べる図6,7の装置でもX線管からのX線をそのまま使います。X線Talbot干渉計やX線Talbot-Lau干渉計はX線領域の白色干渉計の一種であると言えます。

  1. [2] A. Momose et al., Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) L866-L868. DOI:10.1143/JJAP.42.L866 ↩︎


《X 線位相イメージング装置開発》

図6は、コニカミノルタ㈱との共同研究で開発した医用画像診断機器(埼玉医科大学設置)です。Talbot-Lau干渉計を搭載し、軟骨が描出できることを利用した早期リウマチ診断を狙ったものです[3,4]

図6: X線Talbot-Lau干渉計搭載の早期リウマチ診断装置(埼玉医科大学)
図6: X線Talbot-Lau干渉計搭載の早期リウマチ診断装置(埼玉医科大学)
  1. [3] A. Momose et al., Phil. Trans. R. Soc. A 372 (2014) 20130023. DOI:10.1098/rsta.2013.0023

  2. [4] H. Yoshioka et al., Sci. Rep. 10 (2020) 6561. DOI:10.1038/s41598-020-63155-9

図7は、㈱リガクとの共同研究で開発した位相スキャナ装置です[5]。工場や保安検査における非破壊検査では、被検体は必ずしも静止しておらず、例えばベルトコンベア上を移動しています。そのような場面にX線位相イメージング技術を適用する将来像を据えて開発した機器です。20cm幅の視野で10mm/sの速さで試料をスキャンできる机大の装置です。

図7: X線Talbot-Lau干渉計搭載の位相スキャナ装置
図7: X線Talbot-Lau干渉計搭載の位相スキャナ装置
  1. [5] M. Kageyama et al., NDT&E Int. 105 (2019) 19-24. DOI:10.1016/j.ndteint.2019.04.007